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物の見方、角度を変えた見方

 

どーもどーも 石井です。

 

前回はひらめきやアイデアの出し方を私なりに書いてみました。

今回は、物の見方、角度を変えた見方を話してみようかと思います。

 

 

簡単に言えば、円錐ってありますよね。これです↓

これって、真横から見れば三角にしか見えないが、真上から身えば丸にしか見えません。

ただし、斜めから見れば円錐にしっかり見えますよね。

物の考えやみ方ってものはこんなものなのではないでしょうか?

 

 

自分の考え方は皆正しいと考えます。

例えば、週刊誌などに乗っている話などは良く聞きますが、

ある一部分だけを切り取って面白く書いてあるような話をよく聞きます。

恐らく、この円錐を横から20人の人に見せてこれは何の形に見えますか?と

質問をすれば20人が三角と答えます。

これは間違いではなりませんし、むしろ正解です。

何の形に見えますか?と言う質問に関しては三角で正解ですよね。

 

では、これは立体です。と前置きをしてから何の形でしょうか?

と質問すれば、なんの形に見えるのかと言う質問ではなく

立体という条件そして何の形に見えるのか?ではなく

何の形でしょうか?と言う実際何の形なのか?という別の意味の質問に変える事により

見る方向を変えれば、と言う疑問が残り可能性は広がります。

もしかしたら円錐?三角錐?はたまた四角錐?なんて考える人も出てきますよね。

こう言った事を考えだすときりがないですが、

物事をある程度明確にする基準と言うのは、このように見える方向や角度を

変えてやる事や、その質問に対しての内容を吟味してその内容を確認すれば、

正解に近い回答が得られやすくなりますよね。

ロジカルシンキングやブレーンストーミングなんて方法は

このように考えられるようになる見方を教える方法かもしれませんね。

 

良くFactBaseって言葉を聞きます。

これはロジカルシンキングの基本的な考え方であって、所謂事実をもとにした考え方ですよね。

良くあることなのですが、この事ってどうかなあ?と質問すれば

私は~だと思います。って答える人って良くいるんですよね。

まあ、大体がそうなんですけどね。

これって、はっきり言って大間違いな回答です!

君はどう思う?と言う質問であれば、私は~だと思います。でもある程度は正解ですよね。

でも、ビジネス上での質問で一般的な回答を聞かれたならば、

一応調べてみて、一般的にはこのように書かれています、とか

調べてみたら、この様な考えが比率としては多いようですねとかが

聞いた人に対しての正解に近い回答ですよね。

 

良くだれだれに聞いたらこう言ってた、とかこういう風に言われたとか、

そんな話を聞きます。

この話って、良くある話ですけど、私はいつも思うのですが、

その聞いた人はその質問のどこからどこまで知っているのか?

それにたいしてしっかり知ったうえで答えているのか?

大体は、こんな感じでしょう。

AさんがBさんに聞きました。

A「私昨日事故に合っちゃったんだけど、相手にすごく怒られてさ、

私は一時停止があったんでそれを見て止まったんだけど、それにぶつかって来たんだよね。」

B「え、体は大丈夫だったの?だってAさんは一時停止で止まったんでしょ。

それで怒ってくるなんてひどい人だね」

A「ね、私だって充てられて本当に困っている時にさすごく怒られて、ひどいよね」

B「本当ひどい人だね」...

なんて会話があったとします。

Aさんは言ってもらいたいように話が進んで、少し自分に考えが正しかったように

思えて気持ちが楽になったでしょう。

しかし、事実はこうだったとします。

Aさんは確かに一時停止を無視せず止まりましたが、狭い道路で

一時停止を大分はみ出して止まった。そこにまっすぐに車が走ってきて

その車は前を見ていたが、Aさんの車がはみ出して来たのを避け切れず、

少し当たってしまった。

Aさんからして見たら、確かに嘘は言っていませんが、事実は少し削られています。

実際にあった事と、AさんがBさんに話して同調してもらった内容では、

食い違っていますよね。

これって、本当によくある話です。

結局、ただまっすぐ走っていた車の運転手さんは、一時停止を少し飛び出してきた

Aさんの車を避け切れず当たってしまったので、相当注意していても

もしかしたら避けられなかったかもしれません。

なのにも関わらず、Aさんの友達のBさんからは、。ひどい人となってしまいます。

人は自分の同調を得るためには、嘘ではないけれども、事実を削り

自分に同調してもらいたいように話をしてゆきます。

これは事実とは違ってきてますよね。

 

仕事もこんなもんなんですよね。

例えば、お客さんに怒られて帰ってきた社員が、上司にこう報告します。

「今日、お客さんに会って話がしたいって言われたんで話して来たんです、

そしたら、急に怒られてしまって、一応謝って帰って来たんですけど。」

上司「何があったの?」

社員「この前出した見積もりの事で話が違うとか言われて」

上司「話が違うって何の話だったの?」

社員「見積書を出してその話をしたいって言われたからあって来たんですけど」

上司「それだけ?」

社員「そうです」

上司「それだけで?それはおかしいよね、俺が会って話をしてこようか?」

社員「いや大丈夫です。私が謝ってきましたから」

上司「そっか、それなら良いのだけど」

事実は、お客さんから電話が入り「この前の見積もり、少し検討してくれないかな、

金額的な部分とか内容を詰めるとかして」社員「わかりました、ではそれをもって伺います」

と言う話であったのに対して、社員は何の用意もせずお客さんの所に伺ってしまった。

見積の内容検討もせず、価格もそのままで。

それでは、お客さんは怒りますよね。もしかしたら、お客さんは相見積もりを取っていて、

その価格が当社よりも少し安かったのを、こちらに仕事を出したいから検討してくれと

言ったのかもしれないのに、その行為を無駄にしてしまったかもしれません。

それを、事実を削り自分に良いように伝えた。こうなります。

懇意にしていてくれたお客さんならば、これでこの関係は終わりますよね。

ではどういう風にしたらこれを回避できるか?

先ずは、社員が電話を受けた際に、内容検討や金額の削減を依頼された段階で、

「失礼ですが、その理由を岡がってもよろしいでしょうか?」などと

一言伺ってみる事が重要ですよね。

そうすれば何故削減案が必要なのかがわかりますし、

急ぎなのかどうなのかがわかります。

上司も、その社員に答えに関してもっと深堀して聞くべきですよね。

叱られたり怒られたりすると、どうしても自分は悪くなかったという考えが出てきます。

防衛本能とでも言いましょうか?

確証バイアスと言って仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、

反証する情報を無視または集めようとしない傾向も重なってくるのでしょう。

そしてこの事をある部分だけを切り取って友人に伝え同意してもらうという

恐らく認知していただきたいと言う心理も働いてしまう。

このような人は自己反省できないプライドばかりが高い人が多いようで、

社会人としては成長しない方が多いようです。

このような事を経て考えてみれば、聞く方も聞かれる方も、

物の見方をしっかりと踏まえてより正確に事実を知るという考え方を、

又聞き方を勉強した方が良いですよね。

質問を3回繰り返せば、なぜ?を3回繰り返せばある程度真実に迫れる。

これは、聞く方の聞き方にもよりますが、そうすればある程度真実には近づけるようです。

物の見方をしっかりと踏まえてより正確に事実を知るという考え方を、

持ったらいいですよね。

 

話は変わりますが、以前地球は太陽系の中心にあると思われていました。

地球中心の天動説を唱えたのがプトレマイオス。

それが信じられていました。

それに異を唱えたのがコペルニクス。

そのコペルニクスの考えを証明して見せたのがかの有名なガリレオガリレイですね。

ガリレオは当時信用されていた天動説に反対し宗教裁判にかけられました。

それでもなお、地動説を唱えて証明して見せました。

常識と言うのは、それを疑わせない心理みたいなものがあり、

それを疑う心、これって難しいですが真実と言うのは、疑う心、

疑ってばかりでは何も進みませんけど、それを証明するために

何度も事実を繰り返し何かそこにおかしなことがあればそれを証明して見せる。

そう言った気持ちも必要なんでしょうね。

物の見方も、3方向から見ればある程度はどの形なのかがわかりますよね。

三角なのか円錐なのか、それとも三角錐なのか。

そう思いませんか?

 

今回は、物の見方を考えてみました。

さて次回は、何にしましょうか?

 

株式会社Progress 石井亮

 

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