どーもどーも石井です。
”故に敵を殺す者は怒なり”
なんて分かりやすいのでしょうか。そりゃそうだよな、と言った感じですよね。
ここまではっきり言葉にすると何か”え!”と言う感じもしますが、少し柔らかく言えば、いわゆる大義や切欠のようなものであると良いかえられるのではないでしょうか。
怒りが相手を倒すに値する動きをさせてくれる。
しかし、ボクサーやレスラーでは無いので、具体的に考えると相手を倒す大義が無ければ中々気持ちが動かない。気持ちが動かなければ体も動かない。
心にしっかりとした大義が有れば、その為に考え動く事が出来ます。しかし、この言葉はこんなに単純ではないんです。
怒りに任せた攻撃は敵を倒せるが、冷静さを欠き、敵の物資や兵器を奪う利(利益)を失うことを戒める教訓であって、単に倒すだけでなく、利益を確保し最小限の犠牲で勝つべきと説いているんです。感情的に激昂して敵を攻撃することは、敵を殺す動機にはなるが、それだけでは戦利品や利益を得られず、勝利の質が低い。だから、勝利したあとの利益の最大化を考えて動く事が最も大切な事だという事ですね。
城攻めの際に、以前は良く白の外から罵声を浴びせたりしていました。それで怒った城内の兵士が外に出てくる。それに対して戦術を駆使して迎え撃つ。そんなことがよくあった様です。これは怒りに任せた者たちを利用した例ですね。
怒りに任せて、と言う行動は良くないと言う事です。 それで失敗した経験、皆さんもありますよね。
怒りなどの感情は冷静さを失わせて、良い方向には行かない。 これはいい教訓になりますね。
あくまでも、利用する側は上手くこれを利用する事が出来る。 しかし利用される側にとっては、踏んだり蹴ったり的な物になります。感情よりもしっかり考え感情を抑える事が、企業人として利をもたらせてくれると言ういい例でしょう。
ではまた