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どーも、どーも 石井です

前回は挨拶と自分の半生でした。

その前に性悪説などについて書かせていただきましたが、

私は生悪説と書きました。とある友人の経営者から連絡があり

この”生”は”性”だと言うクレームが入りました。

確かに。恥ずかしい。

人間の失敗の多くは思い込みであり、

私はすっかりこの性を生だと思い込み書いていました。

 

指摘、有難いですね。

 

性善説、性悪説と言う話に戻しますと、

例えば、綺麗な女性がいるとします。

この綺麗な女性は皆周りからちやほやされて生きてきました。

いつも楽しくして皆からちやほやされる。

そうなってくると、

周りがその人が間違っていても言ってくれない。

ですので、

裸の王様ごとく自分が間違っている事に気が付かずに生活をしてしまう。

例えば、

もし仮にその人に注意しても、その美人な方は、また、他の人に相談する。

人間、相談の仕方は自分が悪くないように伝える為、

結局、周りはそうだよねと言ってしまいます。

そうなるとやはり注意した者が悪くなってしまう。

綺麗に生まれたばっかりに、

すべてが自分の思う様に、

言われるがままに、

そのままになってしまうことが結果、

かわいそうな事が起こってしまう。

そうなると、見栄があまり関係ない実社会においては、

例えば、何かの契約とか、

自分の仕事とかになってくると今度は思うようにいかなくなる。

そして相談にしても、良い風にしか答えが返ってこない。

真実を言ってもらえなくなってしまう。

それはそうですよね。

お金など絡んでくると、見栄えより自分のお金が大切になりますから。

あまり関わりたくなってしまうのでしょうね。

何かあっても見栄えが良いから、

多少の力になってくれる人はいるでしょうけど、

それ以上は、

今まであまり考えてこなかったので補助する側も

あきれてしまう事が多くなる。

そのうち、どんどん周りが居なくなってくる。

結果、人生の最後には周りに人が寄り付かなくなってしまう。

 

自分が良ければいいといった考えが中心にあり、

人のことなど考えられなくなってしまう。

そして自分に本当に向き合ってくれる人を排除していくうちに

信用に於ける人がいなくなる。

周りも、あの人は美人だけど性悪だ、と言われるようになる。

これって、性善説、性悪説?どちらで紐解けばいいのでしょうか?

 

こういう人って周りにいますよね。

 

経営者もこれに近い存在になってしまう人が多いと考えます。

上に行けば、今度は社会においてあまり言われなくなる。

こういう風に持って行きたいんだけど、と

何かを提案すれば、その部下はそう思わなくても、

「そうですね。」

「その考え良いですね」

などと言って

ご機嫌をとる。

しかし、しっかりと勉強していて、

そう言う事が分かっている経営者であれば、

自分を律し、周りの意見をしっかり聞き、

以前、書いた諫言を聞けるようになる。

そうしてゆけば、周りに優秀な人が集まってくる。

そうして自分の考えだけでなく、

人の事を気にかけ意見を伺えるようになる。

 

これも性善説、性悪説?どちらで紐解けばいいのでしょうね。

 

色々な考えや、教えがありますが

人間生きてきた環境により考え方や、行動が変わってきます。

実社会では人との関わり方が大変重要になってきます。

人の事を考えてやれる。

しっかりと意見を言える関係などを作れる人が 、

周りにいればいるほど、

その人は成長し信頼され実社会で力が発揮できるのでしょうね。

やはり、自らをしっかり律し立ち止まって考える事って、

本当に重要だと考えますよね。

 

私も思い当たる節が、、、

しかし、私は周りに私にはっきりと物申してくれる人が多くいます。

今回も”生”が”性”から始まりましたが、こんなことも言ってくれる人がいるだけで嬉しく思いました。

サンキューMさん。(笑)

 

今回はこんなところで。

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